見て取って感じて触れて
千葉市で開催されている全国大陶器市に行ってきた。まぁ千葉市住みなもので割と気軽に行ける距離だったので。初めて行ったのだがびっくり。すごく人が多かった。駐車場に入るのにも結構待った。大という言葉がつく通り、かなりの数の出店数であり、全部を隈なく見ていこうと思ったら間違いなく1時間以上はかかるんじゃないだろうか。それぐらいの規模だったし、これならそりゃあ人もたくさんくるよなっていう感じだった。それにしても、こういうのを見ると、やはりまだまだAIには太刀打ちできんなと思うわけだ。自分自身、AIはクソほど使いまくっていて非常に仕事を助けてもらっている。仕事だけじゃない。プライベートにおいてももうAIがいなければ全然やってられんっていうほど色んなことを日々まかせている。一方でAIの限界もわかっている。所詮彼らはデジタルの存在だ。フィジカルにまで関与するAIは出始めているが、それでもまだまだ。現在のChatGPTなどのように一般層が当たり前のように使って、そして役立つ...という世界にはまだ時間がかかる。仮にその時がきたところで、せいぜい家事をまかせるとかその程度だろう。今日、見たものは違う。ヒトがどう感じるか、なにをもって、あ、これいいなって思うのか。言葉には言い尽くせない。そもそも個人差もありすぎる。何かしらの基準やボーダーラインがあるわけではない。99人が要らないといっても1人がめっちゃいい!と言って買っていくかもしれない。そういったものの集合体であったと思う。こういったことはAIにはなかなか難しい。感性というのは無限だ。あらゆる情報が含まれた波だ。これはすこぶるデジタルと相性が悪い。限界のない演算など機械には無理だ。少なくとも現代の機械たちは、だが。AIにはそれっぽいものしか作れない。なんとなーく誰もが良うかもしれない何かしか生み出せない。誰かにガッツリ刺さるものを生み出すのは難しい。もしかしたら、その人の人生や見てきたもののすべてを使ってモデルを作ったら、ワンチャンいけるかもしれないが、当然そんなデータは世の中にはないし、それで学習行為もできない。ネット上に転がっているその人の情報とは違う。SNSなんてあまりにも断片的すぎる。そんなもので、その人のことはわからない。その程度では人は計れない。見て取って感じて触れて。そうやって、あ、いいなって思ったらば買うんだ。なんだかそういう出会いをしたいと思うわけだ。みんなそう思ったから今日この場、全国大陶器市に足を運んだのだろうと思う。自分もある種そうだ。なんか欲しいな、良いものがありそうだって思うんだ。あるはずだろうと。これはネット上で探すのとは全然違う。あ、いいなってこの目で見れば全然違うことが多々あるはずだ。それは今までの人生を通してよくわかっている。やっぱり違うんだ。この感覚を大事にしたい。こういう世の中だからこそ。頼る部分はデジタルに頼りつつ、でも俺らはアナログに生きてるから。マシンにはまだまだどうすることもできないこのアナログの世界を大事にしたい。それこそが人とこの世だと思うのだ。