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弥終弥終

甘えを律する

私はよく自分に甘えているし、甘やかしている気がする。自分で自分に厳しく接しようと努力しているつもりではあるのだが、なかなかどうしてうまくもいかない。やはり自分は自分だ。自分がかわいい。甘やかしてしまうタイミングはそれほど少なくはない。ある。そんなときみんなはどうしているのだろう。甘えようとしている、ないし、甘やかそうとしていることに気づいて、それを律することができるのだろうか。できているのだとしたらマジですごいと思う。自分もたまには気づけるが毎回じゃない。そして気づいたところで本当に律せるのかといえば、もっと少ない。かなり難しい。多分だいたい無理だと思う。みんなどうやっているのかさっぱりわからない。例えば仕事。例えばプライベート。あらゆる部分で、これぐらいでいいかと抑えてしまうことがよくある。別にもう10%がんばろうっていう話じゃない。もう1%か2%だけやってあげるだけで、もっとよくなるのに、そこをどうにもがんばれないときがあったりする。ほんの一歩だけではあるのだが... これが自分の弱さであるのは間違いないと思う。どうしても、最後の最後の、最後の一滴まで踏ん張りきれないときがあるのだ。じゃあ若いときはどうであったろう? わからんが、もっとできてなかった気がしないでもない。昔に比べれば、できるようになってきている気もする。それでもまだまだなのだが。なんでだろう? こだわりが以前よりも増したっていうのもあるだろうけれども、どちらかというと、恐怖な気がする。こわい。もうちょっとだけがんばることによって怖さを減らせる。今、やらないことへの懸念とか不安をほんの少しだけ払拭できる。その怖さを知っているので、もうちょいだけ...っていうのをやれることが昔よりは増したんじゃないだろうか。まぁわからんけどさ。なんでかっていうと、じゃあ今なんで毎回それができていないかっていうと、体力とか気力の問題が大きい。パワーセーブモードみたいな感じ。コスパみたいなのを考えてしまって、N%の体力と気力を使って1%改善するぐらいならやらんでもええか、そのほうがコスパよさそうだなっていうクソみたいな考えを持ってしまうことがある。もしかしたら正解なのかもしれない。でも、なんとなくイヤなんだな。そういう一歩引いたことを考えてしまう自分のロジックというか、そういうフローがなんか嫌だな。嫌だなと思ってる時点できっと心の奥底では逃げてることがわかってるんだろうな。そして、それがちり積もってここでこのように愚痴ってる。なんやかんや納得してるんだったらこうはなってないからな。いくつになっても、ほんと人間はできない。ずっと変わらん気がする。ずっと精神的には幼いというか。いつになったら大人になるのだろうか。それともこういうことをうだうだ考えるのが大人なのだろうか。子供は逆にこんなことあまり考えないかもしれない。わからんけど。律しようという考えを持つというのはまぁ昔に比べれば大人になってきているのだろうか?わからんな。一生わからん気もするな。わからなくてよいのか。まぁいいか。そこに答えなんか出してないからこそ、律しようなんていうことを考えるのかもしれない。正解かも間違いかもわからないが、どちらにせよ、人間は今この瞬間で生きるしかない。今、律さねばと思っているのなら、ひとまず今はそうしようと努力をしようと思う。変わらずに。